私が開院した理由

生まれて初めて救急車に

救急車 こんにちは。
無痛整体 らくらく堂 院長の宮崎です。

私がなぜ、今、こうして整体院を開業しているのか
それを書かせていただきます。

ちょっと長くなりそうですが、
よろしかったらおつき合いください。

私は今年60歳になります。

かつて、私は福島県に住んでいました。
そうです東日本大震災で大きな被害を受けた福島県です。

そこで私は、生まれて初めて救急車で運ばれるという体験をしました。

ある夏の日、家族や友人と会津の観光名所を散策して帰宅したとたん、
急に脇腹が痛くなり、あぶら汗がたらたら流れ出しました。

やがて痛みは激痛に変わり、呼吸もできない程になりました。
こりゃ、普通じゃない!
そう思った私は、妻に頼んで救急車を呼んでもらうことにしました。

あの時の痛みは今でも忘れられません。
もう、死ぬかも!と思いました。

でも、笑い話のようですが、担架で救急車まで移動する間に
痛みはすっかり消えてしまったのです!

ピーーポ~~ピーーポ~~・・・・・
サイレンを鳴らして走る救急車の中には、
いつもの元気な私が乗っていたのです(笑)。


1ヶ月間の入院生活

結局、検査のために入院した方が良いということになり、
検査入院 およそ1ヶ月間、入院するはめになりました。

でも入院期間中、痛みはまったく無し。
痛かったのは担架で自宅から救急車に運ばれて
いる時まで(笑;)


さて、入院してからが大変で、
点滴、内視鏡検査やエコー検査、MRIなど
いろいろな検査を立て続けに受けました。

最終的には総胆管に大きい結石が残っているので、
内視鏡を使って砕いて排除することになったのでした。


それまで私はヨガや自然食療法などをやっていたため、
健康にはかなり自信がありました。

ですから、1ヶ月も入院するなんて、
まさに予想もしていない出来ごとでした。

しかしその1ヶ月間に、
私の人生観が大きく変わったのです。


1冊の本

photo_S-080 一ヶ月も入院している間には、
次から次へと入院する人が入ってきます。

もちろん良くなって退院する人もいますが、
より重症者用の病室に移る人もいます。

中には4度目の入院というお得意さん(?)もいました。
病院で苦しんで亡くなる人もいました。

そういう人たちや、病人であふれかえっている
病院を見ているうちに、

「日本の治療医学がどれだけ発達しても意味があるのだろうか?」
と疑問を感じるようになりました。

そんな時です、ある方が
「退屈だろうから・・」と、
お見舞いに一冊の本を持ってきてくれたのです。

その中には次のような記事が載っていました

「中国の医者は自分の担当する村が決まっていて、
その村から病人が少なかった医者が最も給料が高い。
病人の治療に駆けずり回った医者ほど給料が安く、
予防医学を徹底した医者ほど給料が高い。」

という記事でした。

これを見た瞬間、私はハッとしました。
ここが違ってんだよな、日本は‥‥
ここ変えなきゃだめだワ‥‥

そう思ったのです。

それ以来、私の心には
「病気にならない人を増やすことに貢献したい」
という想いが芽生え、次第に大きくなっていきました。


整体師への道すじと東日本大震災

人生の岐路 ようし!今まで学んできた健康に対する知識を生かし、
病院に通わなくてもいい人、
病気で死ななくてもいい人を増やす!

そのための力になろう!
そう思った私は、身体を整える整体に興味を持つようになりました。

興味はやがて志(こころざし)に、
そして転職へと具体化していきました。

しかし、当時私は福祉系の仕事に勤務していて、
いろいろな事情で、転職が難しい状況でした。
そんなとき突然富山県に転勤になったのです。

そして数ヶ月後、あの東日本大震災!!

もし、転勤が無くあのまま福島県にいたら、
いろいろな復興作業に追われ恐らく転職は
無理だったろうと思います。

否、そもそも生きていなかったかも知れません。

震災で家や職を失ってしまった友人たちが、
一から出直そうと懸命に努力していることを思うと、
自分も新たな第一歩を踏み出さなければ、
と思いました。

よし、転職をするのは今だ!今しかない!

そう思った私は、富山での勤務生活を続けながら
大阪の整体学校に通い、整体の学びを本格的に
開始することにしました。


整体学校での学びの日々

整体法講座修了式 私が通ったのは、日本回復整体総合学院の
副学長をされていた故 村松幸彦先生の愛弟子、
西田聡先生が主催する心身楽々堂整体法講座でした。

もともと私は、何か仕事をして大儲けしようとか、
贅沢な生活をしようとか、そういう気持ちが
薄い人間でした。

親からよく言われました
「護はほんとに無欲だねー」と。。。

いや、ほんとは無欲なんかじゃないんです。
欲しいものが違うだけなんですよね。

青臭いと言われるかも知れませんが、物やお金って、
人生かけて求めるものじゃない、って思うんです。

何があっても絶対に色あせないもの
そういうものが欲しい人間なんです、私は。

整体学校を探すときにも、自然と
そういう尺度で選択肢をしぼっていきました。

その結果、行き着いたのが
西田聡先生が主催する心身楽々堂整体法講座だったのです。

西田先生の師、村松先生は
「私はただ治すだけ、ただ稼ぐだけの整体師は
もう育てない」
と決意され、高い志を持って
西田先生はじめ、ごく少数のお弟子さんたちを
育てられました。

そして整体法(無痛自然療法)の極意を伝授されました。

西田先生は、整体法の技術はもちろんですが、
故 村松先生のご意志を引き継ぎ、
本物の整体法の普及に全力で取り組んでおられました。

よろしかったら西田先生のブログをお読みください。
   ↓↓↓
  西田先生のブログ

私は、整体という仕事に対して、これ程までに高い想いを
持っていらっしゃる西田先生に巡り逢えたのも、
偶然ではないと思っています。

この巡り逢わせを絶対に無駄にしたくない、
そう思い、私は真剣に学び続けました。

一番初めに行ったのは、記録的な猛吹雪のときでした。
北陸自動車道は視界がゼロ!
いくらワイパーをやっても、ぜんぜん前が見えない状態!

結局、武生ICで通行不能となり、引き返すことに・・・。

でも、この困難が
私の情熱をよけいかき立てることになりました。

勤務生活を続けながら、1年弱学びつづけ、
その間に開業資金を準備し、
やっと前職を退職することになりました。

そして、それからは更に1年間かけて
無痛自然療法の総合講座を徹底して学びました。

全力で手技を磨き、脳みそに汗をかいて勉強しました。
こんなに勉強したのは、学生時代以来でした。


開院

開業 たった一度の入院期間中に出逢った1冊の本。

その本の中にあった言葉に触発されて整体の道にめざめ、西田先生という高い志をもった師に巡り逢えました。

そして、家族や友人たちの理解と協力のお陰で、
大好きな石川県で、開院することができました。

あの本に書いてあった中国の医者のように、
自分で自分の健康を管理できる人を増やすための整体院として、
私はせいいっぱい貢献していきたいと思っています。

今日はどんな人とめぐり逢えるのか、
どんな人の“力”になることが出来るのか、
それが楽しみで、日々研さんに励んでいます。

以上が私が開院した理由です。
長文を読んでいただき、ありがとうございます。


いのちを輝かせる整体へ

命を輝かせる 最後に、
私が今、どういう考えのもとに整体という仕事をしているのか、それをあなたにお伝えしたいと思います。

もうちょっとお付き合いいただけると嬉しいです。

結論から言いますと、病院や整体院に依存しない
健康で自律した生活をしていただくためです。

来院された方々が痛みや不調を改善した後、再び不調に陥ることなく
健康で幸せな生活ができるよう指導させていただく。

それが当院のモットーです。

今、病院や整体院に依存しない、と書きました。

えっ!

と思われた方もいたかと思います。

「患者さんに依存してもらった方が、お金になるんじゃないの?」
そんな声が聞こえてきそうです。

「はい、なります(笑;)。
でもそういう考え方が、日本をダメにしているんです」

考えてみて下さい。

病院って、何をするところですか?
病院って、病気を治して健康な人を増やすところのはず、
ですよね!?

だとしたら、病院が増えたぶん、病人が減っていかなければおかしいです。

しかし、実際はこれだけ医学が発達し病院の数も増えているのに、
逆に病人も増えている!
ここに疑問を感じませんか?

整体院も同じです。

ただ、痛みを取ればいいというものではありません。
整体院を必要としないような、自律した生活者を
つくらなければいけないのです。

西洋から入ってきた現代医療は、目覚ましい進化を遂げました。
検査技術の向上、外科的処置の正確さ、迅速な救急医療・・・。

これらの恩恵で、私たちは昔だったらとっくに死んでいるところを救われ、
寿命を長らえることが出来るようになりました。
これらは現代医療の大きな功績であると言えます。

しかし、それにもかかわらず、慢性的な身体の痛み、
不快な症状で悩んでいる方が非常に多いのも事実です。

残念ながら、病人の数は減るどころか、
逆に増え続けているのが現状のようです。

その一方で、お医者様の数は不足してきています。

病院では「二時間待ちの三分間治療」が常識となり、
患者一人ひとりと真摯に向き合う余裕のないお医者様が
増加しているようです。

「最近の医者は患者の顔も見ず、身体にも触れず、
パソコンの画面やカルテばかりを見て・・」
そんな不満の声をよく耳にします。

しかし一方では、過酷な労働条件下で
身体と心を病んでいるお医者様も多いとか。

このような状態が今後も続いたとしたら、
いったい日本はどうなってしまうのでしょう?

これだけ医学が発達しても心と身体を病む人は増えるばかり。
何かが間違っていないでしょうか。

何かが足りない?
いったい何でしょう?

それは

「自然に対する謙虚さ」

だと思います。

ここで、少し考えてみてください。

 ● この世は宇宙(自然)の原理に支配されている
 ● 人間も自然の一部である

そうは思いませんか?

そうだとしたら、私たちはもっと自然が発する
声なき声に耳を傾けるべきなのです。


良いか悪いかは別として、実は私は風邪薬というものを
40年近く呑んだことがありません。

熱が39度くらいあっても、普通に働いてお風呂にも入ります。
もちろん食欲もまったく落ちません。

こう言うと、ほとんどの人は信じてくれませんが、
事実そうなんです。

私の場合、風邪をひいても栄養を摂ってゆっくり休むと、
半日、長くても1日で平常の健康体に戻っています。

と言いますか、風邪をひく前よりも
風邪をひいた後の方がすがすがしくなります。
こういう生き方を40年間も続けています。

なぜ私がそうするかと言いますと、
体験的に風邪というのは身体のクリーニング
であることを知っているからです。

知らず知らずのうちに、体内に溜め込んでしまった毒素を
排泄している生体反応が、風邪だと思っているわけです。

だから風邪をひいたら真っ先に思うことは

「やったー!」

です。

喜ぶんです!
私にとって、風邪はありがたいクリーニングなんです。

中には、あやしい~、どこかの宗教?と思われる方もあるでしょう。
でも私は何の宗教もしていない、普通の人間です。
ただ、自然の声に耳を傾けて、素直に生きているだけです。

薬という人工的な毒物を呑んで熱を下げたり、
痛みを止めてしまう行為が、私の目には不自然に映ります。
だから、できるだけ薬を呑まないようにしているだけです。

もちろん、私は薬を全否定しているわけではありません。
薬を呑んだ方が良い場合、呑まなければいけない場合もあると思います。

ただ、症状を抑えるためだけの目的で薬を使うことに、
私は違和感を感じるのです。

人体に宿る叡智(自然治癒力)に想いをいたすとき、
できるだけその力の手助けをすることが、
健康への道であると思うからです。

私は整体という仕事をそのような考えのもとに行っています。
ですから“痛みを取って、それでおしまい”とは思いません。

痛むには痛む理由がある。

身体が痛みを発することによって
「それ以上動かすと今は危険だよ!」
と教えている場合もあるでしょう。

あるいは、痛みを通して身体が自らを修復しているのかも知れません。
そのような
 身体の声を聴き、身体の力を最大限に引き出す整体
 いのちを輝かせる整体

命輝く それを、私は目指しています。

そして、
痛みや不調の原因となった生活習慣を改善し、
病院や整体院に依存しない健康で自律した生活をしていただく。

それが整体師としての私の願いです。

あなたとの出逢いに感謝します。

無痛整体 らくらく堂  院長 宮崎護

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